Die Zeit Nr.6 (1.Februar 2001) (『ツァイト』第6号 2001年2月1日)

お金もなし、ビジョンもなし、実行力もなし? EUはどこに行くのか?『ル・モンド』と『ツァイト』が二人の偉大なヨーロッパ人に答えを聞く

「ヨーロッパに憲法を与えよ」

ジャック・ドロールとヴァーツラフ・ハヴェル−元欧州委員長とチェコ大統領に聞く

ツァイト/ル・モンド:
大統領、EU加盟候補国の大きな待合室で十年間も待たされ、忍耐力を失っておられませんか。

ヴァーツラフ・ハヴェル:
歴史はその法則に従うものです。時にはそれ以上待つことも必要です。しかし今はようやく私たちがゴールにたどり着く見込みが出てきました。

ジャック・ドロール:
ヴァーツラフ・ハヴェルは数年前、時代は彼の味方をしていると考えていました。が、思い違いだったのです。
 私も思い違いをしていました。過去を振り返り、私たちは東でも西でも待ち時間をもっと有効に使うことができたはずだったと思います。しかしようやく共通の統合されたヨーロッパを建設できる時点に達しました。そしてこれは1945年以降のドイツとフランスの和解以来依然として最大のプロジェクトなのです。

ハヴェル:
未来において確実なことはありませんが、東方拡大はヨーロッパの歴史上最重要の計画になる可能性があります。確かにこの大陸は昔から共生的な統一体でしたが、これまでは大国がその居住規則を小国や小民族に押しつけていました。EUはヨーロッパを、大国と小国の区別なく私たちのそれぞれの相違点を尊重した上で、公平な基準に基づいて秩序づけようという最初の試みです。これは歴史的好機なのです。

ドロール:
最も重要な課題はヴァーツラフ・ハヴェルがこれまでたびたび述べてきたように道徳的性質のものです。しかし私はささやかな事実を指摘したいと思います。 すなわち私たちはたびたび戦火を交えてきた諸国民を融和させる必要性からヨーロッパを発展させてきたのだということです。それに加えて、私たちはアメリカに対抗してわれわれの国民経済を近代化する必要がありました。これが最もうまく行われるのは共同で取り組む場合なのです。
 今私が期待するのは、2020年に歴史家が、大きなヨーロッパは民族間に平和が保たれ最小限の規制のもとで国民経済が機能する地域であると定義することです。物質的基盤はそれ以外のあらゆる要素の必須の死活的前提条件です。私が当時ヨーロッパの政治的プロジェクトを軌道に乗せるためには、まずヨーロッパ共同体のために域内市場を設立する必要があったのです。

ハヴェル:
今日のヨーロッパは明日のグローバル・ビレッジの一部にすぎません。自ら選んだ課題のみならず、第二次大戦後と同様、必然的課題にも直面しているのです。当時ヨーロッパはアメリカに対する役割を定義し直す必要に迫られました。ちょうど今日大きなユーラシア的統一体であるロシアに対するように、あるいはアフリカに対するように。かつてヨーロッパは全世界に戦争を輸出し、他の大陸の統治を意図し、自らの文明のモデルを押しつけようとしました。今、ヨーロッパは協力と相互尊重の規範となろうとしています。ここに今後のヨーロッパの使命があるのです。世界に対する責任という理念はヨーロッパの精神的伝統においてきわめて大きな潮流をなしているのです。

ドロール:
同感です。ヨーロッパの使命はもはや決して、世界を統治したり自らの幸福観や価値観を力ずくで押しつけたりすることとはならないでしょう。しかしその最良の精神的伝統を広めようとするならば、ヨーロッパは安定した経済基盤を必要とします。東と西を統合した後、どうしたらこの経済基盤を確立できるのか、私にはまだ道筋が見えません。
 ニースEU首脳会議は、EUの指導的政治家がいかに方策に欠けるかをはっきりと示しました。大統領はどうしてこれほど楽観的に大きな文明のプロジェクトなどと語ることができるのでしょうか。

ハヴェル:
私には未来が何をもたらすのか分かりません。ヨーロッパが良くなるか悪くなるか、人類の運命が悪い方向に進むのか良い方向に進むのかは分かりません。私はいつも良い結末を信じている楽観論者ではありません。しかしまた悲観論者でもないのです。現状と未来は未決定です。最終的に当初の予想とまったく異なる発展に至る状況はいくらでもあります。にもかかわらず私はニース首脳会議以降ヨーロッパに対して希望を持つきっかけができたと考えています。EUの東方拡大を政治的に遅延させる可能性はなくなりました。加盟国は拡大が加盟候補国のみの利益になるものではないことを認識しています。常に良い面を見る必要があります。

ツァイト/ル・モンド:
具体的にはどういうことでしょうか。

ハヴェル:
一例を挙げます。欧州連合は先日、キューバで理由もなく拘留された二人のチェコ人の解放のために働きかけてくれました。私たちがまだEU加盟国とはなっていないにもかかわらずです。

ドロール:
私が感じているようにヨーロッパが一つの家族を成していることを示すためには、もっと多くの例が必要だったのです。この意味でニースの結果は、もはや誰も新たな条件を出して東方拡大を遅延させることはできないという点で評価できます。それ以外の点では首脳会議は失望ばかりです。EUには共通のビジョンがまったく欠けており、その機能形態は時代遅れです。今後2年か3年のうちに私たちは効率的で簡素で透明な作業方法を考案せねばなりません。その間ヨーロッパの国民は今以上に頻繁に27カ国の会合を持ち、欧州連合の基礎であり規則であるアキ・コミュノテール(既得権)について協議するだけでなく、互いの主張に耳を傾けるよう希望します。

ツァイト/ルモンド:
フランスのたっての要求によりEU基本権憲章からはヨーロッパのキリスト教の伝統に関する言及がすべて削除されました。ドロール氏はこれを遺憾に思っています。大統領はいかがお考えでしょうか。

ハヴェル:
分かりません。私たちが暮らしているのは民主的で多元的社会です。ですからそのような公式文書ではっきりと宗教的伝統に言及するのは不可能です。私はこの宗教的伝統に由来する諸価値を重要と考えます。またそれは私の見るところでは基本権憲章にもれなく盛り込まれたと思っています。

ドロール:
私は、将来のヨーロッパがキリスト教的になるか、さもなくば破滅するなどと主張したことは一度もありません。私が反対したのは、歴史的事実であるにもかかわらず共通のキリスト教的遺産が基本権憲章の中で全く触れられていないことです。

ハヴェル:
ヨーロッパは基本権憲章とニースの決定を越えて発展することでしょう。私たちの目の前で類例のない諸国家の集合体が成立します。その共生は遅かれ早かれ基本法によって秩序づけられる必要があります。つまり憲法です。ヨーロッパの仕組みと誰がどの事項について権限を持っているかを明示するきわめて簡潔な分かりやすい憲法がヨーロッパには必要です。ヨーロッパはもはやEU専門家の小さなグループとEU文盲者の大きな集団の二つに分かれていてはならないのです。憲章はわれわれの憲法の伝統に添った前文にすぎません。すなわち、最初に諸価値の一覧が来て、その後に諸機構の説明が続きます。諸機構が諸価値に由来することが誰にも理解できるように述べられねばなりません。

ツァイト/ル・モンド:
ヨーロッパが憲法を必要とすることをドロール氏にも納得させる必要があります。

ハヴェル: 喜んで試みるつもりです。一年前私はEUの任務と機能を定めた文書をすべて取り寄せてみました。条約や補遺や付則はトランク一杯ありました。ひととおり目を通した後すぐに分かったのは、これを小学生に説明するのは不可能だということです。ちなみにそのトランクは私の執務室に置いたままになっています。
 もちろんこの文書の作成にはすべて並々ならぬ労力が費やされています。これらの文書は価値のある偉大な成果です。しかし1年か2年、あるいは5年後にはこの条約の束からエッセンスを抽出し、小学生にも分かるように文章化する必要があります。ドロール氏のような条約の作成に携わった人間だけが理解できる文章ではなく。

ドロール:
この問題で私は守勢に立つ側のようですね。まず申し上げるとすれば、各国首脳が決定する文章は欧州委員会が提案するものよりも遙かに複雑になるケースがしばしばなのです。第二に、私のいつもの主張ですが、良い条約は悪い憲法よりはましなのです。この考えは今でも変わりありません。しかし今ではヨーロッパの憲法に関する非常に良い論拠が提示されています。すなわちヨーロッパ市民はヨーロッパの目標に関心を持ち、なるべくすべての人々がこの議論に加わるべきである。各国政府や政党、議会のみならず、市民社会や経営者・労働者、知識人などあらゆる人々が参加すべきであるという主張です。それではどうしたらこれが実現できるのでしょうか。あるいは憲法をめぐる議論という回り道がその道筋かもしれません。なぜなら私たちが何を一緒に行い、どのようなルールのもとに共生しようとするのかを、私たちはともに決定する必要があるからです。したがってもし憲法論議がヨーロッパの世論形成への道をひらき、民主主義の教訓劇になりうるならば、私もそれに賛成します。

ツァイト/ル・モンド:
ハヴェル氏にとって国民国家はあなたほど重要ではないようですが、ドロールさん。将来のヨーロッパにおいて国民国家の場所はどこにあるのでしょうか。

ドロール:
この問題では私たちは注意が必要です。ヨーロッパの憲法を策定することは、国民国家の廃止を意味するものであってはなりません。そのようなことになれば歴史的誤りと言わざるをえません。私たちは国民国家の連邦(Foederation der Nationalstaaten)を作らねばならないのです。国民国家はヨーロッパ社会の中で、英語を使わせてもらうならば、ボトムアップとトップダウンの間をつなぐ、不可欠の連結環なのです。

ハヴェル:
もちろんそれぞれの国民および国家の主権と特殊性は尊重しなくてはなりませんが、それぞれの地域およびあらゆる社会の構成要素、すなわちすべての市民グループとすべての市民階層についても、その独自性を尊重しなくてはなりません。しかし私の思うにこの問題に関してはイデオロギー的また意味論的混乱が生じていると考えます。すなわち、「連邦」(Foederation)は国民国家を廃止してはならない。他方企業グループを統合するように、単に国民国家のグループを条約によって集合体に束ねることも不可能なのです。今ヨーロッパに成立しつつあるのは新しい形の別の調和体なのです。前フランス大統領フランソワ・ミッテランは1991年にプラハで、国家連合(Konfoederation)の創設を提案しました。この考えはいくぶんアンビバレントな点があったため、浸透しませんでした。しかしヨーロッパで成立しつつあるのは古典的な意味の連邦(Foederation)ではないのです。政治学者は私たちに新しい概念を考案してくれる必要があります。

ドロール: 当時ハヴェル大統領がフランソワ・ミッテランの国家連合(Konfoederation)の意図が分からないと言ってブリュッセルの私のもとを訪ねて来たことをよく覚えています。この提案は十分練られた考えではなく、当時チェコ政府の拒絶にあったのももっともなことです。しかしその中核となる考えは悪いものではなく、全体主義の夜から解放をかちとった東欧諸国に対して、ヨーロッパの家族の一員であることを早急に示そうという意図があったのです。この提案はヨーロッパ大陸再統一の道を灯火信号で示そうというものだったのです。常に明確に理解されていたことですが、しかるのち、法令や機構制度、法体系および国民経済を適合させるには時間が必要とされました。私はこの考えが実現を見なかったことを個人的には残念に思います。幸い2000年12月ニースにおいて拡大への道をようやく整えることができました。私は、数年前からヨーロッパの扉を叩いている東欧諸国の人々が待ちくたびれ、挙句の果てにはこの裕福で高慢なヨーロッパに対し反旗を翻すのではないかと以前から心配していたのです。

ツァイト/ル・モンド:
大統領は、この遅々たる加盟手続きを振り返り、国家連合(Konfoederation)が実現に至らなかったことを残念にお考えですか。

ハヴェル:
2010年あるいは2015年の大きなヨーロッパを考えると、この国家連合(Konfoederation)という概念が最も適切でしょう。明確でないところはありますが。それではなぜ10年前にこれが実現しなかったのでしょうか。この考えは道徳的には興味深いものの、実際的には未熟でした。新たな民主主義国家にとっては代用品のように思えたのです。それどころか悪い冗談ととられるおそれさえありました。豊かなヨーロッパはこれまでどおり変わらない。一方、私たち他の国々は、腹を立てたり性急に加盟を要求したりしないよう国家連合(Konfoederation)の中に放り込まれる、という具合に。

ツァイト/ルモンド:
まさにこれこそが新たな概念のもとであなた方の将来を待っている事態だとお考えになりませんか。すなわち、すべての国には大きなヨーロッパがある一方、その中にはより密接な協力を結ぶ先駆グループ諸国が存在するという構図です。

ハヴェル:
将来のヨーロッパにおいて中核諸国がより密接な協力を行う状況は理解できます。このグループが排他的に閉じこもらない限り、これが不都合をもたらすとは思いません。遠くから見れば国家連合(Konfoederation)を連想させるかもしれません。しかし実情は違います。10年前私たちは素朴にEUへの早期加盟を信じていました。しかしその後私たちは、ポスト共産主義世界全体に向けられた不気味な不信感にさらされました。このような状況にあって国家連合(Konfoederation)は袋小路のように思えたのです。

ドロール:
国家連合(Konfoederation)は二つの本質的弱点を抱えていました。ロシアを含める一方で、アメリカについては一言も触れていなかったことです。それに加えて国家連合(Konfoederation)はEUの権限に属する経済的役割をも担っていたことです。中欧と東欧の人々がこれを望まなかったのも理解できます。  これに対し開かれた先駆グループによれば、EUは拡大ができますし、さらなるプロジェクトに対しても柔軟性を失いません。新たなEU加盟国が次の統合の段階で共同参加を望めば、なおかつその能力があれば、たとえばチェコ共和国なども加盟の初日から先駆グループに属すことができるのです。必要とされるのはその意思と能力だけなのです。

聞き手はJacqueline Henard (ツァイト)とDaniel Vernet (ル・モンド)

原題:Kein Geld, keine Visionen, keine Kraft? Wohin treibt die EU? "Le Monde" und DIE ZEIT baten zwei grosse Europaeer um ihre Antwort
"Gebt Europa eine Verfassung"
Jaques Delors und Vaclav Havel - der fruehere EU-Kommisionschef und Tschechiens Praesident im Gespraech
(仮)訳:中島大輔(C)